熊谷市卓球連盟

熊谷市卓球連盟

熊谷市卓球連盟は現在個人会員、団体会員合わせて約180名、週2回の練習日で活動しています。連盟の歴史は古く昭和6年に第6回明治神宮卓球大会が熊谷女子高校で開催され、これが熊谷卓球の始まりとされています。

昭和16年太平洋戦争への突入により卓球競技禁止処置がとられ以後終戦まで空白状態が続いた。

終戦を迎え空襲から逃れた男子校、女子校において長峰、山崎両先生からの呼びかけで卓球が再開され、第1回国民体育大会開催に合わせて熊谷卓球連盟が結成された。昭和23年には君波永二元名誉会長が熊谷初の国体選手として福岡で開催された国体に出場、25年には山崎茂選手が熊谷市初の県体育功労賞を受賞。同年4月に第1回市長杯争奪卓球大会が開催された。昭和30年代には麻野明前理事長が千野選手とのダブルスで関東大会ベスト8入賞をはたした。又、熊谷女子高校の小川節子選手が関東大会及び全国大会の優勝を遂げた。更に吉田安夫先生率いる熊谷商工高校がめきめき力をつけ県下では無敵、全国大会の常連校になっていった。以後の熊谷商工高校の活躍は枚挙にいとまがない。

さて当連盟の事業は主に4つの大会がある。1つは総合体育大会兼文化祭大会である。今年で66回を数える伝統の大会で一般、ジュニア合わせて約500名の参加者があり最近では埼工大の選手も出場するレベルの高い大会である。又市長杯大会でも途中中断があったが43回を数え市民のみ出場出来る団体戦で市民の楽しみの大会でもある。他に連盟会員のみ参加できる大会が年2回あり楽しい大会になっている。更に市より委嘱を受け年4回の卓球教室を開催(各10日間)市民の健康増進の一端を担っている。その他、体育協会の活動に参加、さくらマラソン、東日本駅伝等に役員を派遣も行っている。最後に当連盟の悩みは若い人が少ないことで是非会員になって次の世代がより良い連盟を築いていくことを願っています。